血潮

昨日の朝、インターフォンが鳴って宅配屋さんが来た。
「お荷物ですよ~」
ってことで、わくわくしながら受け取って、早速
ダンボールを明けようとして、ハサミを取り出した。
手に持ったのは、ブルーの持ち手に黒く光るスチールの
刃がカッチョイイずっしりとしたハサミ。

最近、友達に貸したまま最後まで戻ることのなかった
お気に入りのハサミに別れを告げて、購入したばかりの
ハサミだ。刃の部分が黒光りしてて、いかにも切れ味がよさそう。
テープがべたつかないらしぃ…ってどーでもいいけど笑

人が開脚してその限界まで行っちゃうみたいに、
私のハサミも全力開脚。カッター代わりにしてガムテープに
切り込みをいれていく。

いつも、もどかしい余りに、ガムテープでしっかり固定された
ままのダンボールを、素手でそのまま引きちぎろうとすると大分疲労するのは
何度経験してもシツコク学習してなかった割に、最近やらなくなった。
やっぱ、手間がかかりそうでもハサミで切り込み入れたほうが開けやすいでしょ!
そう、急がば回れ精神。

スーッと切って、さぁ、今度は反対サイドに移動。
スーッと切って…
って
指切ってるやん!!顔面蒼白…笑

指の先に見事に切り込みが入って、血がドクドク染み出してく感じ。

自分の血を見たのって、凄い久しぶりな気がした。
ちょっと気持ち悪いけど、指からドクドク血が出てくるのみて、
「あ、自分生きてるじゃんっ」って思った。
痛い~、って思いよりも、むしろ呆然と指を見つめてしまった。

随分前に友達から借りた養老孟司の「死の壁」。
いまだに読み終わってませんって!risakoごみん(::)マッハで読みます。
ともかく、この前ちょっと読み進めてたら、
養老さんの前著だった「バカの壁」のおさらいも書いてあった。
つまりは、身体を使えってことなんだよね。
近代以降の人間は、情報が変わるもので、自分は不変のもんだと
思い込んでるらしい。
本来は、情報こそが不変で、人間は変わり続けるものなのに。という主張。
だから、自分が不変だと思い込んだ人間は、自分に「死」が
訪れてることにも無頓着らしい。考えないようにしてるとか。

それと似てるなって、思うけど、人間は、ベタな表現だけど、
人間性を見失ってると思う。少なくとも私は。
現代の医療で身体のどこかが痛かったり悪かったりってことも、まぁ
年のせいもあるけど、まだない。だから身体を意識することがない。
脳が、まさに、中心になって生きてるってわけだ。
だから、自分に心臓があって、それが体中に血を巡りわたらせて、
それが酸素を運んで、自分が生かされてる複雑な生き物だなんてことも忘れがち。
もしかすると、今自分が見ている世界は全部幻想でしかないのかも、
なんてこともふと思ったりする。脳が中心だから。

うん、だから、血を見たことで「はっ」とた。
血潮が流れてて、生きてるんだな~。
私も、みんなも。
でも普段は忘れがち。
ハサミのやつ、恨むけど結果オーライかな。

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