自慰トーク

このブログ内容とは全くといっていいほど無関係なんだけど、今日ある会社のOB訪問みたいなことをして、その後いろいろと考えさせられることがあったからここに記しておきたい、そう思った。

今日のコンセプト:
そうそう、さっき映画館でレディースデー1000円で「トゥモローワールド」観てきた。イギリス映画らしく、すごく駄作だったんだけど、その中で言っていた言葉を拾うと、今日の私の思考状況にマッチするかも。

■信念VS運命 belief vs fate
今日ある人は言った。
「やりたいことが明確ならば、その道に行くのがよい」
しかし、人生そんなに甘くない。そんなに夢ばっかり追ってはいられない。少し前まで、そんなことを言う大人を軽蔑の眼差しで観ていた。しかしいつのまにか、自分も「grow up dude」と現実正視組へと変貌していた。
is it fate or not?
今日ある人は言った。
「やりたいこととを追求することと、現実的に生きることとは、二者択一ではない」と。広義においてはそうだろう。しかし、狭義においては激しく成立しないセオリーである。

■community that bright you up – 夢を与えた合う人たち
今日ある人は言った。
「自信のある人の周りには、自然とそうゆう人たちが集まってくる」
そんな集団を一時期、超かっこいい、そう思っていた。
次の瞬間、超ダサいと思うようになっていた。単なる熱くなったdreamerの集まり。知的さのかけらも持ち合わせていないではないか、と。エリート思考になっていた。
いい大学入って、いい会社入って、社会的地位や名誉を得ることが、自分の最上の幸せになるんだ、とでも言わんばかりに。
でも、その人は、その、もしかしたら知的さのかけらもないかもしれない集団の、dreamers集団の中で毎日命を吹き込んで貰っているようだった。彼女があんなにも輝いて見えたのは、きっとその力のせいだ。夢を追いかけ、実現した集団にいて、自分のコップが空になる前に、どんどんと夢や希望や可能性といったものを注ぎ込んで貰っている。
私がほしいのは、憧れるのは、権威ではなくてそういった夢を追って輝いている人間なんだろう。しかし、毎日の生活は、いい暮らしは…いろいろと考える結果、考えることを放棄していた。とりあえず、広義で志望企業はかたっぱしから受けていけばいいじゃないか。その中で、ひっかかったところにいければよいじゃないか。
このセオリーが大きな間違いであることは、見たら既に分かるだろう。
正論はこうだ。「本当に行きたい所に絞って受けないと、意味ないし、多分受からないよ」。お見事。正論って、素敵で、時には残酷。

話をもとに戻そう。人に迷惑をかけてはいけない、そう夏に決めて、一人でいろいろと動いて見た。けれど、人間一人では何も出来ない。やっぱり仲間が必要だ。それも、中と外、両方。刺激し合える、秘密結社のような集まり。どこかにないだろうか。

最近、夢が枯れて来た。やっぱり、夢は分け与え合うものだから、そのためには、そういった人々に囲まれて、そういった環境に身を置いておかなくてはならないんだろう。自分の周りにある環境は、その夢とは激しく遠い場所にある。どれだけ夢に向かって強く突っ走れるか、どれだけ強い想いがあるのかどうか、それも私の中では、まだしっかりと固まっていない。悶々と形を変え続けながら、ああでもない、こうでもない、とフワフワ浮かび続ける雲のように。

■金融という業界
漠然とした「憧れ」がある。確かだ。指摘されたことは、的を得ている。これっぽっちも外れちゃいない。また同時に、働いている人たちに「憧れ」がある。これもまた然り。憧れだけじゃ、やってけない、続かない業界ってのは凄く良くわかる。じゃあなんで受けるの?私の属しているコミュニティの中で、重視されているから。人は、人から尊敬の念を払ってもらえるだけでも、喜びを見出す単純で弱い生き物である、から。けれど、これは、ニューヨーク行きのチケットをくじで手にして見せびらかし、優越感に浸るって話ほど単純ではない。あの人が言うように、かつて友達から指摘されたように。実際に人生の中で刻まれている若い時間を拘束され、やりたくないことも沢山やらされる、そういった。
なに、優先順位が高い、それだけのことだ。とゆーか、実際リスクヘッジで一応受けるだけなんだろう。それを今日、耳が痛くなるほどきつく言われた、それに過ぎない。多分、言い方。土足で踏み込まれるってこーゆーこと、みたいな。それが不快感の中に快感があったりするんだけど。もはやこの感情をなんて呼んだらいいのかは、わからない、けれど。

■Belief⇒Dreamers
さっき、belief or fateと書いた。believe in your self的な人は、どちらかというと夢想家-dreamer-だろう。
Do dreamers have to be intelligent to bright like a bulb? これもまた解決しなければならないテーゼのひとつである。Dreams without any intelligence or wit are just fools. これは正しいかもしれない。
夢想家は、実力のあるものと、ないものに分かれる
夢想家は、行動力のあるものと、そうでないものに分かれる
実力があって行動力のある夢想家は、美しい。just touching him/her will enpower you with full of dreams.
そして、実力もなく、行動力もない夢想家は、単なる社会の屑、なのかもしれない。その狭間に身をおくものが、無数に、存在する。

■正論
そのとある人に、こてんぱんに言い負かされたみたいだ。彼女は正論を言っていた、それは私が繰り返し繰り返し考えてきて、なおかつ、自分の弱さに負けて実行できなかったことなのだから、悔しい。反論する余地は、ほとんどない。自分の進みたい道さえ、しっかりと調べられずにいる。学生の4年間があるというのに。毎日が無駄に、灰色の色をして過ぎ去っていく。クリエイターなのか、もしくはビジネスサイドなのか。今その決断をして、実行しろと学生に言うのは、それなりに責任感も伴うし、えぐいし、その学生に与える影響までをも本当はしっかりと考慮する必要があるだろう。それらを全て理解した上で、彼女はあの数々の言葉を言い放ったのか。

■自分の名前で勝負に出ること
ある人は言った
「大企業に就職したら、自分の名前では勝負出来なくなるんだよ」と。
だから、もっと小さくて機動性の高い職場に行った方が輝けるだろう、と。正論。
たとえば、自分のプロダクションを興して、仕事を貰っては、徐々に大きくしていくってのもありだろう。それなら、自分の存在意義を、世界に、見せ付けることができる。

■漫画を描かなくなったわけ
なんで漫画を描かなくなったのか。多分、最近就活で忙しいのと、稼がないといけない、という切迫感から。稼がないといけない。生きていくためには。でも、あの人の言うとおり、自分の中に軸をもってそこに向かって進んで行くのであれば、漫画は描き続けるべきなのかもしれない。漫画じゃなかったとしても、クリエイティブワークとして残していく、べき。