幸福反対論者

リスペクトする友達から岡本太郎氏の本を借りて、帰りの電車の中でパラパラ読んでいたら、もはやこの世にはいないはずの氏の強烈なメッセージが胸にささった。あー、これ超共感!て部分がいくつかあったのね。(以下、「自分の中に毒を持て(岡本太郎 青春文庫)1988刊行」より引用)

人生については、いずれ学校を出て、実社会に出てからにしようなどと思っている。そして実際に実社会に出てしまうと、会社とか勤め先では人生的な勉強をする必要は全然ない。会社内の事情に一応明るくて、上役、同僚と、いずれくる後輩という人間関係さえ処理すれば事足りる。だから自分は何か生き甲斐を、などと考えるのはバカみたいに思える。会社は忙しいし、夜帰ってくると疲れてしまうし、そのうち女房を持ち、子供などを持ってしまうと、型通りの家庭生活に入ってしまう。

大体においてここで人生を諦める。よけいな本を買って、形而上学的な問題を考えたって腹の足しにもならない。それよりもゴルフでも上手になろう、などと考えて、ストップしてしまう。

夢を見ることは青春の特権だ。

ってゆう部分でしょ。そうなんだよね、車の運転上手くなったり、ゴルフの打ちっぱなしに行き始めたり、とりあえず会社が終わったらテレビをぼーっと観ながらビール飲んだり、誰かの人生をなぞり始めてるサインて凄く沢山あって。そんなサインが自分に表れると、何だか大人になるって寂しい、とつくづく思う。あと2 quotes…

ぼくは”幸福反対論者”だ。幸福というのは、自分に辛いことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。

だが、人類のことを考えてみてほしい。

たとえ、自分がうまくいって幸福だと思っていても、世の中にはひどい苦労をしている人がいっぱいいる。この地球上には辛いことばかりじゃないか。(中略)たとえ、自分自身の家が仕事がうまくいって、家族全員が健康に恵まれて、とてもしあわせだと思っていても、一軒置いた隣の家では血を流すような苦しみを味わっているかもしれない。そういうことにはいっさい目をつぶって問題にしないで、自分のところだけ波風立たなければそれでいい、そんなエゴイストにならなければ、いわゆる”しあわせ”ではありえない。(中略)ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は大嫌いだ。ぼくはその代わりに”歓喜”という言葉を使う。

危険なこと、辛いこと、つまり死と対面し対決するとき、人間は燃え上がる。それは生き甲斐であり、そのときわきおこるのがしあわせでなくて”歓喜”なんだ。

人ってそもそも自分本位なものだし、基本的に主観でものを見てしまうから、他人に対する愛や人類愛を持ち、全体の幸福を思うことは無理だし、恩着せがましいし、そんなこと言ってるやつをみると、カッコつけるなと思う。でも、幸福とは「ぬくぬくと安全な状態」だという意見は確かにうなずけるもので、それを追求することを否定するわけじゃないけど、少なくとも私は、しあわせよりも歓喜が欲しい。てか、岡本太郎やっぱり凄いな。

ぼくは思うのだが、かつて若者にとって、社会はもっと激然としていたし、人生はもっと神秘であり、不可解であった。危険とスリルにみち、希望と不安の間に揺れ動いていた。若い人生は、あたかもジャングルを押し分けて進む冒険のようなものだった。

ところが、現在社会ではまったく違う。もはや至るところ、整然とルートがついているのだ。それも、たんたんとした舗装道路。そこには、ハイスピードの直通大型バスが定期的に走っている。車の前面には行き先が明示してあり、それに乗り込みさえすれば、黙っていても目的地に着くのである。

子供の頃から教育ママに仕上げられていく過程なんて、まさにハイウェー・ドライブのようなものだ。スムーズで、間違いない。乗り換え場所、行き着く先の様子まで、はじめから全部わかってしまっている。今日の若者は夢がないとか、ばかにチャッカリしていて画一的だとかいう批判をよく聞くが、考えてみれば当然なのだ。

バスに乗り込むために受験勉強は一応はするけれど、それが生きがいにつながっているとは、誰も思わない。今日の若者のむなしさがそこにある。それからのがれようとすれば、自殺でもするか、スピード、セックスなんかで瞬間的に自分を紛らわすか、以外にはないだろう。

そんな気力もない大部分はただすわって、運ばれていく。みんなといっしょに。

ちょっとしたことで首をもたげる虚しさって、やっぱ「今日を生きる若者」に寄生してるんだろう。そしてその寄生物を異物として認識し、虚しく感じれる方が健全なんだろう。なんだか、以前のエントリー「ぜんぶじぶんしだい」で考えたことに近いかも。特に幸福反対論の引用あたりは。

当たり前のことだけど、こういった過去の刺激的な人の思想を読めてしまう人間の識字力や、それを可能にするために授かった教育に感謝しますね。過去の人間から学ぶことって、ホモサピエンスぐらいにしかできない。

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